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第三話 決意、そして旅立ち②

last update Last Updated: 2025-05-23 17:22:07

 やがて雄二は静かに問いかける。

「それで、そこへ行きたいと言うのか?」

 雄二の声はいつもより低くかった。真剣な様子が伝わってくる。

 雛は緊張し、拳に力を入れギュッと握った。

「はい」

「駄目だ」

 即座に否定する雄二。

 雛もそう返されることは予想していた。

「なぜですか?

 ……と言ったところで、いつもの返事が返ってくるのはわかっています」

「わかっているのなら話は早い。あきらめなさい」

「嫌です」

 今度は雛が即座に返答する。

 雄二もそれは想定内だった。

「いい加減にしなさい。おまえは女なんだ、剣士にはなれない。

 もしそこへ行ったとしても、受け入れてもらえない」

「それはこれから考えます。とにかく私は行きます」

 雛の頑固さに、とうとう雄二の怒りも頂点に達しようとしていた。

「雛! 許さん、私は断じて許さんからな!

 おまえはもう十五だろう、いい加減聞き分けなさい。

 もう結婚してもいい年頃だ。いずれ父さんがいい人を見つけてくるから、その人と結婚して女として幸せに生きなさい」

 一方的なその発言に、雛も黙っていられない。

「父さんはいつもそう、女だからって決めつけて。

 私の人生は私が決める!

 父さんのことは尊敬してるし、言っていることは正しいのかもしれない。でも、これだけは譲れないの! 私の夢を否定しないで!

 私は弱き人々を守るために自分の力を使いたいの。それができないなら生きている意味なんてない。

 父さんは私に死んだように生きろというの? そんな父さんなんて、嫌い!!」

 涙を浮かべた雛は、その場から逃げるように走り去る。

 残された雄二は一人、項垂れるように俯いた。

「雛……すまない、しかしおまえのためなんだ」

 深いため息をつき、雄二は雛が去っていった方を見つめ、ゆっくりと目を伏せた。

 その夜、雛は鏡の前で自分の姿を見つめていた。

 自慢の美しい髪。

 月夜に照らされた黒髪は、いつもより数段艶めき美しく思える。

 若菜にも綺麗だと褒められたことがあり、唯一の自慢だった。

 毎日手入れをかかさず、大切にしていた髪。

 男勝りな自分の、たった一つの女性らしさ。

 雛は用意したハサミを手にした。

 その刃を開き、髪の間へと差し込む。

 雛は目を閉じると、思い切ってその自慢の髪を切り落とした。

 バサッと髪が落ちる音を聞き、雛は閉じていた目をさらにきつく閉じた。

 何かに耐えるように、眉を寄せながら一心不乱に切り続ける。

 そうしていなければ、途中で手が止まってしまいそうだったから。

 髪を切り終わった雛は、事前に用意していた男性用の着物に着替える。

 部屋に飾ってあった父から受け継いだ刀を見つめ、一呼吸する。

 気合を入れ、それを手に取った。

 この刀は、父から貰った一番の贈り物。

 今まで大切に保管してきた。

 きっと、父は使ってほしいから渡したわけではないだろう。

「父さん、ごめん、使わせてもらうね……」

 暗闇の中に小さな雛の声が響く。

 ふと雛の頭の中に父の顔が頭をよぎった。

 今の雛の姿を父が見たら、とても悲しむだろう。

 雛の胸は痛んだ。

 しかし雛は、それ以上に自分の信念に従う道を選ぼうと決意していた。

「父さん、ごめんなさい」

 自分の部屋の机に手紙を置くと、雛は屋敷を飛び出した。

 翌朝、雄二は昨日のことを謝り、仲直りがしたいと雛を待っていた。

 ところがいつもの時間になっても起きてこない雛が心配になり、部屋へと向かう。

「雛?」

 部屋に雛の姿はなかった。

 代わりに、机の上に一通の手紙が置かれていた。

 雄二は手紙を手に取り、それを読んでいく。

 雛が男装し、昨日紙に記されてあった招集へ行くこと。もしも、そのことで雄二に迷惑がかかることがあれば、自分と縁を切ってほしいこと。

 そして、手紙の最後にこう記してあった。

『父さん、今まで大切に育ててくれてありがとう。期待に応えられず、このような娘であることをお許しください。愛しています、雛』

 雄二はその手紙を握り締め、泣き崩れた。

 戦いの中で命を落とすかもしれない、女だということで酷い目に遭うかもしれない。

 二度と、もう会えないかもしれない……。

 もし、今自分が出て行き止めたとしても、雛はきっと同じことをまた繰り返す。

 あの子を縛り付けることなんて、雄二にはできない。

 雛の覚悟がこれほどまでに強いことを、今さらながら雄二は気づき驚く。

 そして、後悔に押しつぶされそうになった。しかし、今更悩んだところで後の祭りだ。

 雄二にできることはもう、天に祈ることだけだった。

 どうか、雛が無事に帰ってきますように、ただそれだけ強く願い続けた。

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